投稿日:2014年12月15日|カテゴリ:院長コラム

 私にとって金子兜太と言えば”よく分からない俳句を作っている伯父”と云う感覚で見ていた人物だったが、今や現代俳句の大御所であり、俳句界のトップに君臨している。最近では文化功労者にも評されている。その兜太が「私はどうも死ぬ気がしない」と云う本を出した。そこで題名に魅かれて買って読むことにした。ただし、最近は私、兜太の俳句について、何やら動的な物を感じる様になり、彼の句を評価し始めていたところであった。ところで兜太は実名である。俳号の様に見えるが、父親の元春が俳人(俳号は伊昔紅)でもあったため、この名前になった。私の「鋼」も伊昔紅の命名である。
 本の前半は彼の生まれ育った秩父と云う土地とそこによって立つ人間としての安定性が強調されている。彼は産土(うぶすな)としており、この本の根底にずっと流れている表現である。本の題名は「自分はどうも死ぬ気がしない」というものの、肉体的に死なないと云う意味ではない事は説明の余地はないが、NHKテレビの対談で「俳句は私です」と言っているのを見たときに、私は兜太にある種の悟りに近い物を直観した。秩父=産土=アニミズムと云う図式が描けるだろう。更に彼の尊敬する俳人に小林一茶と種田山頭火を挙げているが両名とも、漂流の生活をし、その後定住している、山頭火の方が悟りへの欲求が強いものの、一茶も浄土真宗的境地に腹をすえている。そのことからしても、アニミズムから仏教へ続く境地が考えられる。兜太は以前から「定住漂白」と云う語句を使っていたが、対比する語句を繋げたものであると理解出来た。そう言えば車寅二郎、フーテンの寅も定住漂白に見えるが、冗談はさておこう。
 本の後半は大学を出た兜太がトラック島の主計中尉として派遣され、どれだけの死と直面したかと云う事から始まり、日銀に入り、俳句で生きていくと云う決心をし、その時々での経験を書いている。この本にも彼の俳句が出てきて、章の区切りとなっているが、ここで取り上げられている句は私でも親しみが持てる物である。ここでは、人生の教訓を記載しているが、俳句の世界で生きると云う決心が中心となっている。彼の生き方はまさに”風林火山”の様な物であろう。
 兜太は毎日立禅をすると言うが、すでに死んだ人を思い出して瞑想している。本来の禅ではないが、彼の中では死者が生き生きと生きており、産土=アニミズム=仏教から、精霊が肉体の死後も生き生きと生き続けて行く確信を得ている。特に皆子夫人には特別な愛情を抱いており、死後も魂が生きていると云う内容がつづられている。その一つに「亡妻いまこの木に在りやカリン咲く」と云う句が載っている。ただし彼の境地はあの世で生き続ける命は殺戮されたものではなく、自然死を迎えたものでなければならないらしい。あの世が存在するのか否かは釈尊の「無記」で明らかだが、浄土教が浄土を仮定し、そこに生まれ変わる事にも似ている。兜太の長男は真土(まつち)と云う名前で、正に極楽浄土の真ん中(シンド)を意味している事が面白い。ただ、この本では兜太が確信した魂の継続であり、特定の宗教に当てはめる必要はない。
 私にとっては藤原定家が編纂した、百人一首が馴染み深いが、分野は違う俳句ではあるが、金子兜太の前衛~現代俳句も面白そうである。兜太が95歳になって、やっと彼の入門書が出来たのかもしれない。