投稿日:2014年1月19日|カテゴリ:院長コラム

 今、全国都道府県対抗男子駅伝が行われていますが、皆さん、出身地には意外にこだわりがありますよね。女子の駅伝は先日終わりました。楽しみにしていましたが、兵庫県からいつも出ている、強豪の小林祐梨子(豊田自動織機)が出ていなかったので真面目に見るのはやめました。
 今は昭和30年代の様に西欧人を見ても振り返って見るようなことはなく、中国人を中心にアジアから沢山の人が日本に来て働いておられ、その様な方々を診療、治療する機会が格段と増えています。実の所、私は若い頃から結構、アジア系外国人に間違えられた歴史があるので思い出してみました。
 1.小学生  社会科の教科書にベトナムの悲惨な生活をする子供たちの写真が載っていてその中に私に似た子供が写っていたのです。悪友達は、「根岸だ」、「根岸だ」と大騒ぎ、そのページが開かれるたびに騒がれましたが、自分でも似ていると妙に納得してしまいました。
 2.大学生  クラスに、落第して同学年になった男が居て、精神的にも変でした。その男が「おまえは朝鮮人だろう」とやや小声で言ってくるのです。毎回否定していましたが、大学3年のある日、いつものように「おまえは朝鮮人だろう」といってきたので、いよいよ怒り心頭に発して(これは私のアイデンティティの問題なので)、相手は刃物を隠していたようですが、胸ぐらをつかみ、教室の外に引きずり出し、「屋上で勝負をつけてやろうではないか」と告げて、ボコボコにして、2度とそのような口をたたけないようにしようとしたのですが、相手は座り込んでしまい動こうとせず、残念ながら実現できませんでした。当時の私は空手2段、空手部最強を自負していたので、素人と喧嘩をしても負ける気がしなかった時代です。それから、その男は私を怖がる様になりました。
 3.社会人  狭山神経内科に勤務していた頃です。当直で呼び出されナースに指示を出しました、そのナースは深夜専門のアルバイトの様で、以前も何か変な事を私に語りかけて来た事がありましたがその日も変な事を言うのです。「先生は何か国語を話せるのですか?」それなので「日本語と少し英語かな」と答えました。ところが彼女の意図は違うのです。「先生は日本語がうまいですね」とのたまうのです。それで分かりました、私が外国人であると思っていたのです。なんだ、こいつは、と思いましたが、当時、台湾出身のバイトの医師が居ましたし、若いナースたちが私に”チョー・ヨンピル”(韓国の演歌歌手、日本で活躍中)と云うあだ名をつけ、それで呼ばれていた様で、変な誤解が生まれた様です。翌朝、婦長が謝罪にきました。
また、同じ病院に末期がんの男性の患者が入院していました。よく出向いて話をしていましたし、エコーも直接していたので、「先生が来ると落ち着くのです」と言うのです。その訳をきくと、自分は中国出身だが先生も中国人に似ている、「先生も中国出身ではないですか?」との事。あー、またか、力がぬけました。
 さて、わたしの出自ですが、根岸家は埼玉県秩父郡の豪農で、お墓をたどると文化文政時代まではいきます。母方も秩父郡で近くの円明寺に菩提寺が有り、お墓は元禄時代まではたどれます。
 私は西郷輝彦、高橋英樹、妻夫木聡みたいになりたかったのですが、鏡を見てあきらめました。でも私がアジア系の人に親しみをおぼえられればむしろ商売繁盛ですね。