投稿日:2013年11月10日|カテゴリ:院長コラム

 私が大学の高学年の頃、テレビで東大の石川中先生のインタビュー放送を見ました。この時、将来携わっていく領域に石川先生がやられていた「心療内科」も選択の一つだったのです。私が卒業して、さてどの科を選ぼうかと云う事になった時、大いに悩みました。心療内科については父に相談し、東大医学部にこねを持つ同窓生はいないか、と相談したら、当時心療内科講師の末松弘行先生を紹介され、教室に出向き、お会いしました。これが結局私の方向性を決定させることになりました。末松先生からは、とりあえずは、すぐに心療内科に入局せず、まず一般内科をやって欲しい、その後に医局員として迎えるという提案の元、約束が取り交わされたのですが、母校で私の大学で選んだ教室は、よくこのコラムで話題となる、新(あたらし)内科だったわけです。このころはバラックづくりの教室が東大心療内科の部屋で、毎週そこに集まり心身医学の勉強をしていました。当時の医局長がもう名誉教授にまでになった、あの久保木富房先生です。私は当時「日本心理療法研究会」も主幹していたので、それらの件でも久保木先生と接触がありました。件の勉強会には野村仁先生も私の前に座っていた様に記憶しています。またその会では急逝された河野友信先生、行動療法の赤城稔先生らも顔をだしておられました。それに加え、東邦からは筒井先生、慈恵、東急病院からは樋口先生、日大からは桂先生も見えて、石川先生は、石川、筒井、樋口、桂先生4人を合わせ、”関東の四天王”と称しておられました。これからやるぞ!!と云うエネルギーに満ちた、心身医学の創成期だったのです。
 教室の中は鮨詰状態でしたが、久保木先生は優しい方で、遅れて教室に入って来た私にもプリントを渡してくれました。末松先生は突然振り返る、変わった習性のある方で、その後ろに私が居たて、目と目があって、何度も驚かされました。学会でも先生は前の方に陣取っておられ、突然後ろを向くのです、私は目をそらし、いつも少し身体はフリーズ気味ですが、実際には私はどんな反応をすればよいのでしょうか??、教えて下さい。