投稿日:2012年12月12日|カテゴリ:院長コラム

 もう35年前ぐらいでしょうか。私が日本医大の内科に居た頃、ある夜に一台の救急車が入りました。運ばれて来たのは男性の老人。どういう訳か、その時の当直医が、こんな日に限ってこの未熟な私。しかも老人は心肺停止の状態なのです。そこは今、日本医大が全国に誇る、高度救急救命センターではなく、何と私が担当の夜間内科外来なのです。しかし、一刻を争って蘇生処置を講じなければなりません。少し心電図の波形が出てきました。次には腰椎穿刺などと色々行いましたが結局は努力の甲斐なくお爺さんは逝去されました。心肺停止で運ばれてきた患者さんはarrive on death(うるおぼえ)と言われます。つまり、蘇生されなければ警察に連絡しなければならないのです。行政解剖に廻されるのです。蘇生努力中に付き添いに事情を聴いたところ、お爺さんは福岡から、東京の孫に会う為に新幹線に乗ったのです。ところが、福岡で新幹線に乗る際、間に合いそうになくなった為に相当走ってぎりぎりで乗ったそうでした。お爺さんには心臓の持病が有ったそうです。おそらく心筋梗塞が発症したのだと思います。静岡あたりに来てから、苦しみ始めたそうです。その話を聞いて悲しくなりました。可愛い孫に会う為に東京に来ようとしたのに、結果はその夢も果たせず、死去なんて。お爺さんの無念さが胸を打ちました。走ったからお爺さんは亡くなったのでしょうか、今思うとはっきりしません。心臓の冠動脈が細くなっていなければ死なずに済んだのかもしれません。何がお爺さんの死と縁があったのでしょうか、それが仏教で云う”縁起”です。結果が出てから分かるのです。走ったから死んだなどと、簡単な事ではありません。もしかすると、他の医療機関に搬送されたら救命出来ていたかもしれません。仏教はやはり、難しい世界ですね。